食物アレルギーがある人は災害にどう備える?

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こんにちは。Sotoe代表の小杉です。

前回こちらの記事で神戸市の備蓄体制がどのようになっているのかについてお話をさせていただきました。

アイキャッチ画像自治体の災害備蓄ってどうなってるの?神戸市に聞いてみた

神戸市では28品目フリーのイタリアンリゾットやエネルギーバーが各避難所に保管されており、備蓄数も他の都市よりも多いとのことでした。地域によっては避難所に備蓄品が無いところもあり、かなり地域差があるようですのでみなさんのお住いの地域の防災計画や備蓄品もぜひお調べくださいね。

そして今回はそのお話を踏まえて私が感じた「食物アレルギーがある人は災害に備えて何をすればいいのか?」という観点でお話をさせていただきます。

※私は防災の専門家ではありません。イチ市民として神戸市にお伺いした情報を元に感じたことをお伝えします。

分かったこと総まとめ

ついつい長くなってしまったので、先に分かったことを簡単にまとめてお伝えします。

・避難所運営は区(行政)の職員、地域のみなさん、災害ボランティア団体等が行なっている

 

・現場は混乱している可能性もあり食物アレルギー配慮品を手に入れることは難しい可能性が高い

 

炊き出しは特に原材料表示が難しい

 

・食物アレルギーがある人は最低でも1週間分の食料を備蓄した方がよい

 

・自宅だけではなく親戚の家など複数箇所に分散備蓄するとよい

 

・まずは住んでいる地域の自治体に防災計画や備蓄品を確認

 

避難所運営に関わっている人に話を聞きに行く

 

・地域のみなさんなど「横のつながり」が大事

 

・備蓄だけではなく「食物アレルギーがある」ことをどうやって伝えるのか?を事前に考えておく

それぞれ詳しくお話をしていきます。

実際、避難所ではどんな対応をされるの?

私が前回備蓄品についてお話を伺ったのは神戸市の中でも災害備蓄品を担当している部署でした。

実際の避難所の運営は(神戸市の場合)「区の職員」が行なっているとのことで、実際の現場では(食物アレルギーという観点で)どのような対応になりそうなのかを区の職員に聞いてみました。

・正直なところ(アレルギー対応食を)手配できるかは分からない (市の備蓄はあるが、それ以外のアレルギー対応食を手配できるか分からない)

・阪神淡路大震災から1度も3日連続で避難所をあけたことがなく、過去事例がないためその場にならないと分からない

・冷たい言い方になるかもしれませんがとにかく自己防衛をしてください。

・コロナの影響で今まではたくさんの方が避難所に避難できたがそれができなくなり、運営が難しくなっているためできるかぎり各自、家で待機できるなら待機してほしい

といった内容でした。 現実はなかなか厳しい…。いくら各避難所に備蓄品があるといえど、実際の避難所でそれ以上の対応ができるのかというと災害の程度にもよりますがかなり難しいのでは?と感じました。

また最近の建築物は耐震能力が高くなり自宅避難ができるケースが増えたので自宅避難ができる場合は自宅避難を求められる(その方が安心な場合もある)そうです。

私が被災した阪神淡路大震災のように、3日以上の長期に渡って避難所生活を送らないといけないケースもあるので、食物アレルギーがある人はどういう対策をしておいたらいいでしょうか?とお伺いすると

ご自宅だけではなく、親戚や友人等色んな箇所にアレルギー対応の備蓄品を分散して備蓄する

ことをオススメしますと言われました。確かにその通り!と思ったので私は自宅だけではなく、自家用車、親戚の家にも備蓄品を置くように手配しようと思いました。

炊き出しって誰が関わっているの?

備蓄品や配給品の他に「炊き出し」ってよく聞きますよね?温かいお味噌汁やおにぎりを作っているイメージはありませんか?炊き出しは誰が関わっているのかご存知でしょうか?今回お話を聞いてみたところ…

地域のみなさん・災害ボランティア団体・(到着すれば)自衛隊

大半は上記の皆さんが行なってくれる場合が多いそうです。(もちろん状況・地域等によりますし、行政が関わっている場合等もあるようです)炊き出しだと特に地域のみなさんが自宅にあるものなどを持ち寄って行なっている場合などはほとんど原材料が分かりません。

災害ボランティア団体さんは食物アレルギーに関する感度が高いそうなので原材料表示等をしてくれる場合もあるのかもしれませんが、全ての災害ボランティア団体さんがそのような対応をしてくれるかどうかはやはり分かりません。

この「炊き出し」は「備蓄品」や「配給品」よりもさらに食物アレルギー配慮が難しいと思っていた方が良さそうです。食物アレルギーがある人は「炊き出し」が食べられない可能性が高いので必然的に一般の人よりも食料に困る可能性が高いのでこのあたりは予め認識しておき、各自対策を取るほうが良いと思います。

ただし最近の自衛隊の炊き出しで食材名と7品目のアレルギー表示をしてくれたという記事もあります。

長野市では、市から提供された食材と献立を自衛隊員が調理。避難所で配る弁当を入れるボックスに食材名と特定原材料7品目(卵、乳、小麦、そば、落花生(ピーナッツ)、えび、かに)が入っていないことを示す表示を貼り付けた。

他の地域では、温かな豚汁などの炊き出しを実施。汁物を配る場所に、食材や調味料を記した手書きの紙を貼り出し原材料を知らせる工夫をした。 ー被災地支援の炊き出し アレルギー配慮 自衛隊が原材料表示 ~陸上自衛隊

ありがたいことに少しずつ食物アレルギー配慮が進んでいっていますがまだまだ課題が多いので、やはり自分である程度備蓄したり対策をすることが大事です。

被災したその時に声をかけ合える関係づくりが大事

避難所での対応や炊き出しの話を聞きながら「行政だけではカバーできない範囲がどうしても出てくるんだな」ということを強く感じました。

食物アレルギーがある人は被災すると一気に災害弱者になる可能性が高いです。行政が用意してくれた備蓄品ではカバーできなかった場合、自分だけではなく周りにいる方もみんな困っている、そんな状況の中で食物アレルギーがある人が食べられるものを探してくれる人はいるのかどうか。

それは「日頃の関係性」が大きく関わっていると感じました。

いつも近所で遊んでいる友達、防災訓練に参加して知り合ったご近所さん、地域の災害ボランティアの方、など日頃から良い関係性を築けていたら、いざというときに「あそこの家の子は食物アレルギーがある!」と気づいてくれるかもしれません。

食物アレルギーがある人は日頃の備蓄や関係性づくりをこころがけましょう。

食物アレルギーがある人はどういう点を確認したらいい?

神戸市のお話を聞いたり、各地域のアレルギーに関わりがある方にお話を聞いた中で私が感じたことをお伝えします。

1.各自治体がどういう防災計画をたてているのか、どういうものを備蓄しているのかを確認する

私も今回神戸市にお話をお伺いするまでは恥ずかしながらほとんど知り得ていませんでした…。

正直なところ私自身が阪神淡路大震災の被災者なので(最も倒壊被害がひどかった地域)、あんな被害が起きる中、食物アレルギー対応なんてできないんじゃ?と最初から諦めてしまっていた部分があります。

ですが今回神戸市さんにお話をお伺いすると「自分はこういうものを準備しておけばいいんだな」ということがよりクリアになり、対策をたてることができると思いました。

2.避難所運営に関わる色んな団体さんのお話を聞く

実際の避難所運営には色んな方が関わります。区(行政)の職員はもちろんのこと、地域の災害ボランティア団体や自治会、防災対策委員会、社会福祉協議会の方々などです。

特に社会福祉協議会や災害ボランティア団体の方々は食物アレルギーに関する知識がおありだそうなので、そういう方々のお話を1度聞きに行ってまずは現状を知ってみることから始めてみてはいかがでしょうか?

3.各地域のアレルギー団体さん・患者会さんのお話を聞く

行政等に確認したあと、食物アレルギー対応について色々と不安になることもあると思います。そういう時は各地域のアレルギー団体さん、患者会さんに相談してみるのも良いと思います。

神戸市のお話を聞いた中で感じたことがますは自己防衛のために備蓄をすることが大事、そして横のつながりを持っておくことが大事だと思いました。

たった1人で立ち向かおうとせず、まずは気持ちを分かってくれるアレルギー団体さんに相談したり、患者会さんにお話を聞きに行ってみてはいかがでしょうか?

各アレルギー団体さんはこれまでの活動の中で関係各所と丁寧な対話を重ねられて色々と情報をお持ちだと思いますので、困った時はアレルギー団体さんに相談してみるのも良いと思います。(入会が必要なところと必要ではないところがあるかもしれません。各々確認してみてくださいね)

ちなみに神戸には患者会さんが存在していないので、神戸市に住んでいる食物アレルギーがある人たちは私と集まりませんか?今はコロナ禍でリアルでお会いしてお話することはできないんですが、コロナ後やオンライン上でお会いできればな〜と思っています!

興味がある方は以下よりご連絡くださいね。

・Sotoe代表 小杉美保のTwitterアカウント(@mihokosugi)

・当サイトのお問い合わせフォーム(お問い合わせフォームはこちら

どうしても「関係」を作らないとダメ?

今までさんざん「横のつながりが大事」「関係各所と関係づくりを」と言ってきました。ですが現代社会の構造や住む場所によってはそれすら難しい場合もあると思います。

私が住んでいる場所はどちらかというと都市部でご近所関係が活発な方ではありません。マンションではなく一戸建てなので行事などもあまり無く、顔を合わす機会も少ないです。フルタイム共働きで平日の行事には参加できず、情報収集をする時間もあまり取れません。

私はこの記事を書きながらどうか「私は関係づくりなんてできてない…」とか「こんなに頑張らなきゃダメなの?助けてもらえないの?」と思ってほしくないなと思いました。

それぞれの生活事情があるからです。性格もあります。色んな人に色んなことを聞ける人もいれば、人と話すのが苦手な人もいます。

関係づくりは間違いなく大切で命を守るために顔が見える関係性を作ってほしいと思いますが、難しいなと思う人は1度私が運営している食物アレルギーコミュニティへ参加してみませんか?(現在オンライン上のやりとりで無料で運営しています)

オンライン上のやり取りなので防災という観点から見ると弱い関係性かもしれませんが、あなたの不安には寄り添えるかもしれません。私達と交流しているうちに「よし!地元のアレルギーがある人と交流してみよう!」と前向きに思えるかもしれません。

1人よりはまずはどこかと関係を持つことが大事、どこかと関係が持てたらその中で顔が見える1人の人と良い関係づくりをこころみる、それができたらもう少し色んな人の話を聞いてみる…。

必ずしも食物アレルギーに関わりがある人ではなくても良いのです。ご近所でよく公園で遊ぶ人と防災について少し話してみるとか、親戚と話してみるとか。

1つの大きなコミュニティと関係を作らないといけないというわけでもなく、まずは自分のできる範囲で少しずつ1人から2人へと、そして1つのコミュニティに縛られることなく多方面にアンテナを向けて会話してみる。

そんな緩やかな一歩を踏み出してみるのはどうでしょうか?あまりプレッシャーに感じず、まずは自分が気軽に情報交換できる人や場所を探してみましょう。

食物アレルギーコミュニティへの参加はこちらから

4.最低でも1週間分の食料は備蓄しよう

各自治体の防災計画を確認したり、色んな団体さんにお話を聞きに行ったり、ご近所さんや自治会等と関係づくりをしたり、あらゆる手を考えながらもまずはやはり多くの備蓄品を自分で用意することがとても大事だと思います。

私が主治医から言われているのは食物アレルギーがある人は少なくとも1週間分の備蓄品を用意しておく方が良いとのことです。

ですので私は3日分は水・火・皿が無くても食べられるような食物アレルギー配慮非常食を用意して、4日分は味も飽きないように色んな食物アレルギー配慮非常食を用意しています。

今回お話を聞いて「分散備蓄」の大切さにも気づいたのでさらに備蓄数を増やして自家用車・親戚や友人の自宅・娘のランドセルにも非常食を用意しようと思っています。

備蓄をしておけば一安心?

そして備蓄品を見直すことも大事ですが、特にお子さんの場合だと「自分でアレルギーのことを周りに伝えられるか」という視点も忘れてはなりません。

災害はいつどこで起きるかわかりませんので、親がいないときに被災することも十分考えられます。その時に周りの大人にどういう風に伝えたらよいのか?伝えられる年齢ではない場合、どのようなものを事前に持たせておくのが良いのか?理解してくれる大人が周りにいるような環境づくりを事前にするにはどうしておくべきか?

など事前にできる対策は色々あると思います。

私の場合は徐々に娘にアレルギーがあることの伝え方を教えていったり、原材料表示の読み方(漢字なども含めて)を教えたり、周りの大人に伝えるためのアレルギーカードをもたせるようにしています。

非常時に備える備蓄品リスト

前回の記事にもこのリストを載せましたが再掲しておきます。神戸市さんから非常時に備える備蓄品リストをいただいたのでご紹介します。

備蓄品リスト1

備蓄品リスト2

備蓄品リスト3

備蓄品リスト4

その他食物アレルギーがある方はこちらをぜひ参考にしてください。

一般社団法人LFA Japanさんから発行されている防災ハンドブックです。食物アレルギーがあるとどんなことに注意しておいたらよいのか、どんなものを備蓄しておいたほうがよいのか、とてもわかりやすくコンパクトにまとまっています。

阪神淡路大震災当時の災害予想と結果

私が神戸市さんからお伺いした、阪神淡路大震災当時の防災計画(予想数字)と実際の被害の比較がこちらです。

震災時の防災計画 実際の被害
震度 震度5強 震度7(観測史上初めての記録)
建物被害 全壊3,000棟 全壊67,000棟
火災被害 110件 7,000件
死者 人的被害想定なし 4,571人
その他被害 想定なし 公共施設・インフラ等も多数被災

まさに想定外の災害が神戸に襲いかかってきたことが分かります。

私も震度7を経験しました。家は半壊になり、昨日まで遊んでいた友人を何人も亡くしました。学校は避難所になりご遺体が運び込まれ、しばらくは校庭が自衛隊のテントで覆い尽くされていました。

電気・ガス・水道はとまり、電気は約2週間後、ガスは2ヶ月後、水道に関しては2ヶ月半後の復旧でした。校舎も2つあるうちの1つが全壊になり近くの公園にプレハブ校舎が建てられて、3ヶ月後にようやく授業再開になったことを覚えています。

自然災害は突然やってきます。そして突然あらゆるものが一瞬でなくなるのです。当時の体験は私の心にもいまだ深く突き刺さっています。

自分は大丈夫だ、そんな大きな災害はこない、と思っていませんか?

災害時は誰かが助けてくれる、水は誰かが確保してくれる、そう思っていませんか?

阪神淡路大震災の時、誰が震度5以上の地震がくるなど予想していたでしょうか。そんな大きな災害を予想して生活していた人なんて1人もいなかったでしょう。

当たり前に朝がくると思っていました。当たり前に夜があけて学校に行くのだと。先生がいて友達がいると思っていました。

でも一夜明けると周りの全ての一軒家が潰れていました。私自身も歪んでしまったマンションの中に閉じ込められました。そんな中私が助かったのは奇跡だったと思います。

どうか他人事だとか自分は大丈夫だとか思わずに。いつか備蓄品を用意するから大丈夫と後回しをするようなことが無いように。この記事をみてくれた今、すぐにでも、地域の防災計画を確認してみて自宅の備蓄品を見直してみてください。

そして1人で抱え込むのではなくまずはたった1人でもいいから自分に食物アレルギーがあることや防災について身近な人と話してみてください。

あなたのその行動・その一歩がいざというときに自分自身や周りの人を助けることになります。